1998年1月9日(金)
23歳

残骸。タバコの殻。

憂鬱を自覚してから随分時間が流れた。

五歳頃の記憶がある。毎日が苦痛だった記憶はその辺りから始まっている。
動物の死体を投げ付けられたり、集めていた切手を盗まれたり、幼稚園の黴臭い真っ暗な縁の下に一日中閉じ込められたり、みんなの前で粘土の工作を壊されたり、そんなことばかり覚えている。

そしていつまでもエヘラエヘラとしまりのない笑顔を作る自分を思い出すだけで吐き気がする。

決して表向きはじめじめした人間ではなかったはずだ。
つまらないことで笑い転げるふりをし、
人を不愉快にさせまいと精一杯面白いことを言うふりをし、
僕はきちんともう一人の僕をやってきたと思う。

大方の人間と同じように。

他人にふれるのが怖い。他人にふれられるのはもっと怖い。
学校や塾やデパートの中では顔をあげて歩けない。
視線の向こうにあるたくさんの顔が、
どうしても自分を笑っている気がする。

閉っている扉を開けて中に入ることができない。
開けた瞬間につきささる視線を想像するだけでくるりと踵を返して来た道を戻る。

電話をかけることもできない。
ただ雨の降る公園で濡れていることしかできないでいる。

立派で脆弱な破綻者だ。

と自分を責め立てて、自分に酔って、それでカタルシスを得られる季節ははるか昔に過ぎた。
今は何かを書き、それがいかに本当の言葉から離れたものであるかを知り、深くうつむいたままピアノの和音やパウル・クレーのタブローに慰められている。

僕は偽物だ。
偽物の自分が偽物を作り出し、悪貨が良貨を駆逐するように、言わなければならないこと、考えなければならないことを全て偽物に書き換える。

「嘘も方便じゃない?」

自分に何度もついてしまった嘘は取り返しがつかない。
「何があっても生きる強い意志」を放棄し、
僕は全てを嘘に変換して傷をなめる方法を選択してしまったのだ。

灰色の空から澱んだ雨が降る。

澱んだものこそが美しい。