1997年11月7日(金)
23歳
音のない世界、午前3時。
調子がよくない。最近割に安定した日々を送っていただけに、なおさら調子悪く感じる。嫌なこと辛いことなんて、ずいぶん前に遠い田舎のタバコ屋に置いてある赤い公衆電話に捨ててきたはずだった。
ああこんなことを言い出すのはどうもよくない知らせだ。虫の知らせ。硬い表皮を持った無言で這いずる黒い虫の知らせ。
自分を書き過ぎることに対して焦りや痛みを感じる。
こんな夜は中途半端にうなだれていないで、本格的にうらぶれてしまえばいい。
二十歳以降、必要以上の大袈裟な喜怒哀楽が減った。それはあるいは人間の単なる遺伝子的な必然かもしれないし、それとは違ったもっと俯瞰的な何かかもしれない。今日、この時間、この部屋で感じている言い知れない沈滞の澱は、言い訳や嘘を生への代償として容認せざるを得なかった自分に対する救済なのかもしれない。
音はなにも聞こえない。灯りを消す。
過去の日記をひらいて自分のためだけに泣いてみようかと思ったりする。
格好悪いと反射的に思ってしまう自分を羞じる。
僕はそんなセンチメンタルでは泣けない。
タバコに火をつける。
字が読めない程度に、ぼんやりと日記帳の影だけが浮かび上がる。